リプレイの価値

米国と日本ではTRPG人口に圧倒的な差があって(大体10倍くらい?)、市場規模などにも格差があるんだけど、それが特に問題になるのがTRPGの特殊性で、それは”接触感染型メディアである"という点だと思う。


"近くにいる人に誘われてTRPGを遊び始める"という展開が基本である以上、競技人口の差の影響は大きくて、人口が多い所はますます拡大し、少ない所はますます減っていくという展開になる。ジリ貧だね。


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この状況に対して、日本のTRPGが(意図的か必然か、あるいは偶然)生み出した対応策というのが”リプレイ文化"と言えるでしょう。
"近くで遊んでる人"を必要とするTRPGが、その代役としてリプレイを要求したとも言えるかな。
(勿論、読み物としてのリプレイとか、TRPGが大学生中心に展開した米国と中高生中心だった日本の差とか色々あるんだけど)


つまり、TRPGが日本で遊ばれる為にリプレイは必要な存在だったのだ。
少なくとも最近はね。
(次第にwebが発達し"近く"が拡大しているので、だんだんこの法則は崩れて行っているのだけど、これが完全に崩壊するのはまだ先だろう)


RPG雑誌と呼ばれる物の大半がリプレイを複数乗せているのは、奇策、手抜きでも何でもなく、それが市場のニーズだからに過ぎない訳。


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で、D&Dもご多分にもれずリプレイが要望されているのだけど、中々数が揃わない。
下手な鉄砲云々以前に裾野が狭ければ頂上が低いのは仕方がない。
(D&Dリプレイが他より10倍面白ければ、量が1/10でも戦えるか(ぉ))


FEARゲーが、月にゲーマーズフィールドで2〜3本、R&Rで0〜1本、サプリに書き下ろしが1本くらい、文庫でも1本くらいでてると(大雑把に)考えれば、"D&Dのリプレイの話題"が”FEARゲーのリプレイの話題"の1/5とか 1/10しかないのも、むしろ当然の結論と言える。


で、リプレイが(日本の)TRPGの牽引力だと考えるなら、D&Dは1/5から 1/10くらい牽引力に劣る状況にいる訳だ。


ぶっちゃけ「追憶の宴〜ダブルクロス・リプレイ・アライブ(2)」が発売されて「うわ、面白い。ダブルクロス遊んでみよう!」という人はいても「D&D 魔物の書 I :奈落の軍勢」が発売されて「うわ、魔物の書面白い。D&D遊んでみよう」なんて人はいない(笑)


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まぁ、実際はD&DとFEARゲーはスタイルが違うので単純比較する事には、あんまり意味はない。


客観的に見てもD&DプレイヤーはFEARゲープレイヤーと比較して、サプリなどにお金をかけてるし、その分同じシステムで遊び続ける率が高い。
そう言ったプレイヤーのスタイルに合わせて、D&Dのサプリが販売され続けるのは当然の事だし、間違ってるという訳では無い。


でも、『リプレイからTRPGに興味を持つ日本人スタイル』という意味ではD&Dが劣っていたのも、間違いない事実だと思う。


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で、ようやく本題に入るんだけど(笑)、D&Dのリプレイの雑誌連載が始まりました。


6/30発売の「キャラの!」誌:黒騎士が多すぎる


さっそく、買って読んでみました。 うん、面白いね。
これは、新しい人達がD&Dに興味を持ってくれる切っ掛けには十分。
よし、じゃあ、これをネタに好き勝手な話をしよう。


…と思ったんだけど、既に長文なんでその話はまた今度で(ぉぃ